古谷惣吉
高度成長期の昭和40年、関西から九州にかけて、連続殺人鬼カエル男 [ 中山七里 ]
わずか1ヶ月半のうちに8人を殺害する凶悪な連続殺人事件が起きました。
「稀代の殺人鬼」と呼ばれた古谷惣吉(当時51歳)の歩んだ半生とは・・・

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 1965(昭和40)年、わずか1か月半のあいだに、関西から九州にかけて8人を殺害する凶悪な連続殺人事件が起きた。犯人は「稀代の殺人鬼」と呼ばれた古谷惣吉(当時51歳)だった。

 金銭に窮していたことが事件の引き金だが、それは自業自得であった。16歳のとき窃盗で少年院に送られた古谷は、以来、50歳で仮釈放されるまでの34年間のうち、29年間を獄中で過ごしてきた。人生の大半である。詐欺や恐喝未遂、殺人などの犯罪を繰り返し、娑婆と刑務所を行きつ戻りつしていたのだ。塀の外に出るとカネに困り、再び悪に手を染める。悪循環だった。50歳で熊本刑務所を仮出所した古谷は、更生施設に身を置いていたが、半年後、姿を消してしまう。

 事件は、まるでミステリー小説のような展開をたどる。1965(昭和40)年11月22日、福岡県新宮町で塾講師の男性の他殺体が発見される。現場には遺留品があり、1週間後、持ち主が判明。捜査員が急行すると、事件のカギを握ると思われていたその人物は、他殺体となっていた。最初の殺人の犯人と目されていた男は、実は第二の殺人事件の被害者だったのだ。

 さらに、第一の事件とされていた福岡県の事件よりも前に起こった、滋賀県大津市の殺人事件も、同一犯との見方が強まった。事件は一気に「謎の連続殺人」の様相を呈し、世の中に恐怖が広がる。一連の事件には共通点があった。まわりに人家がなく、中高年の独居男性が住む一軒家での犯行。殺害後の遺体には布団がかけられており、財布や時計がなくなっている。そして犯人は、現場にあったパンやみかんを盗み食いしている――。続きを読む