介護破綻
大手百貨店の管理職であった60代男性、
40代の時に親の介護で離職しました。
両親を看取ることは出来ましたが、経済的困窮者に・・・
ホームレスを経て、今は介護離職者のサポートをしています。
介護破綻は・・・ますます増えていくでしょうね。


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親の介護のために仕事を辞める「介護離職」が社会問題となっている。介護離職は一度退職すると好条件での再就職が難しくなる中高年層に発生しやすい。

明治安田生活福祉研究所とダイヤ高齢社会研究財団が2014年に発表した調査「仕事と介護の両立と介護離職」によると、介護のために転職した正社員が新職場でも正社員として働けたのは、男性が3人に1人。女性が5人に1人。転職前後の年収を比べると、男性は557万円から342万円と4割減、女性は350万円から175万円と半減していた。

年収1200万円からホームレスへ

「40代を過ぎてからハローワークで求職しても見合った職はみつからない。会社を辞めるといずれ後悔する」

こう語るのは、高野昭博さん(61歳)。任意団体「反貧困ネットワーク埼玉」(さいたま市浦和区)などで、生活困窮者に相談を行っている。高野さん自身、親の介護で財産が尽きてホームレスにまでなった経験を持つ。



高野さんは高校卒業後、大手百貨店で正社員として働き、管理職になってからの年収は1200万円。休日にはスキーに没頭するという絵に描いたような独身貴族。その生活が一変したのは、咽頭がんを患う父の面倒を見るために介護離職をしたことがきっかけだった。

「母は病弱、6歳年上の兄は両親と折り合いが悪く家に寄りつかなかったから誰にも頼れなかった。親と同居していた自分が見るしかないと思い込んでしまいました。離職しないで済むようにさまざまな制度を使い倒せばよかったんですが、そこまで気がまわりませんでした」(高野さん)

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かなり悩んだ末に離職を決意。ちょうどその頃、百貨店では早期退職を募っていて、流れに乗ってしまったという。ところが、退職して2週間後に父が他界。26年勤めた会社の退職金と預貯金を合わせて2000万円以上が手元に残った。

精一杯の親孝行のつもりで葬儀を執り行い、お墓を建てた。その費用は合わせて850万円。母の介護がはじまってからも想定外の出費は続いた。母は認知症の症状が出はじめ、高野さんが知らないところで、訪問販売などで布団やネックレスなど高額な商品を買い込んでいたのだ。

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百貨店を退職してから2カ月後、知人の紹介でスポーツ店に正社員として就職する。スキーのインストラクターの資格を活かしてツアー添乗員などの仕事をしていたが、不況で人員整理がはじまり自ら身を引いた。3番目と4番目の勤め先は、小さな会社で業績も不安定だった。2年近く仕事をしたものの、賃金の未払いが重なった。2008年に母が亡くなり(享年86歳)、最低限の葬式を出して貯金が底を突いた。

月5万5000円の家賃を2カ月滞納したところで家主に追い出され、公園で寝泊まりするようになり、翌年11月、支援団体に保護された。その後、3年ほど生活保護を受けて自立できたのは、社会的包摂サポートセンターの「よりそいホットライン」で団体職員として採用されてから。電話相談員として生活に困っている人の悩みを聞き、サポートする側として活動の場ができた。そこで、介護離職の経験が役に立った。

「全国から電話相談だけでも年間500件ほど受けていますが、親の介護で疲れ切っている人からの相談は年々増えています。ここに電話をかけてくる人のほとんどが、崖っぷちの状態。親子共倒れにならないためにも、行政の支援に頼るなど早めにSOSを出してほしい」(高野さん)

親を看取れたのはいいけれど、その後、自分は仕事がなくて生活ができない、気がついたときにはハローワークで職探しをしても仕事がみつからない――。こんな人が介護破産に陥ってしまう。
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