産後うつ になった夫
夫と離婚して、子どもと暮らす38歳の女性です。
彼女は、産後うつになった夫となぜ別れたのか?
どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか?
別れた夫に、子どもを会わせているのか?
養育費はどうなっているのか?
色々なことに答えてくれています。


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松田亜美さん(仮名・38歳)

 中性的な雰囲気を持つ9歳年下のヨガ教室アシスタントの男性と、付き合い始めて半年で妊娠。結婚して彼の実家で同居を始める。出産に備えて、夫はがむしゃらに働いたが、アルバイトを掛け持ちして、疲労でうつになってしまう。

■妻ではなく夫が「産後うつ」になる

 彼に覇気はなく、発言はマイナス思考。病院には行っていたが、薬は飲んでいなかった。自分の殻に閉じこもり、ゲームばかりするように。そんなとき、松田さんは出産を迎える。

「10月末の出産でした。彼は立ち会ってくれました。双方の両親に、助産院の場所を連絡したんですけど、陣痛が急に強くなり、5時間ぐらいで生まれてしまって、間に合わなかった。産んだとき、彼には『ありがとう』って、お礼を言われました」

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――生まれた後、3人はどこで暮らしたんですか? 彼のうつは回復しましたか?

「産後、私は実家で過ごしました。肥立ちのキツイ時期に、彼の両親と過ごすのは精神的に無理だったんです。

その代わり、彼に私の実家に来てもらいました。彼自身は『大丈夫』って言っていたんですが、全然ダメでした。私の両親との関係が気まずかったようで、気が休まらなかったみたい。だから、彼のうつは一向に治る兆しを見せませんでした」

――出産直後から別居していたんですね。

「翌年の6月ぐらいまで、8カ月ほど私は実家にいました。彼は相変わらずうつでした。どちらかの実家に3人で住もうとしたんですが、双方とも相手の親とか家がダメでしたね」

――3人が一家水入らずで暮らすことはなかったんですか?

「私が実家を出た後、3人で暮らしました。彼の両親に引っ越し費用を何十万円か借りて、都下に引っ越したんです」

――それは、うまくいきましたか?

「むしろ逆です。言い合いになって、怒りで打ち震えるようになって、双方が物を投げたりしました。当時、彼はまだうつ状態で無職。もともと無気力なんですが、家事や育児を何もしてくれない。自分だけ先にご飯を食べ終わると、スマホのゲームをしだすんです。そして夜中になると、借りてきたDVDを彼はひとりで見ていました。そんな感じなので、どんどん仲が悪くなっていって、一緒に住み始めて半年ぐらいで結局、別居したんです」

――最終的に、別れようと思ったきっかけは何ですか?

「一昨年の12月にすごく仲が悪くなって、寝るのも別々の状態となりました。その頃から子どもが夜中に吐くようになってしまって、いま思えば自家中毒だったんでしょう。

一方、彼は寝たら絶対に起きない人なので、『(家事も子どもの世話も)なんで私ばっかりやらなきゃならないのよ』っていう気持ちが強まっていきまして、彼の失敗一つひとつに対し、怒りを募らせていったんです。

 それで、年明けから、お互いにすごい剣幕でののしり合いました。そんなことが毎日続いた果てに、彼が実家に帰ってしまったんです。その間も、ずっと子どもの具合が悪かった。私はひとりで毎日、具合悪い子どもを看て、吐いて汚れた服を洗濯して……という繰り返しの生活を送ったんです。

 それで1回、母親にヘルプに来てもらいました。そのとき『今後どうするか、はっきり決めたら?』と言われたんです。それで私、はたと考えました。彼が戻ってきたとしても、やり直せるかどうかわからない――って。そして、市役所に電話で離婚して引っ越したい旨を伝え、支援を受けられるか相談に乗ってもらいました。可能とのことだったので、後日、訪問して、その場で離婚の決意を固めたという感じです」

――離婚することを、彼にはどうやって切り出したんですか?

「彼が戻ってきたときに言いました。ちょうど私が実家に帰る予定にしていたタイミングです。去年の1月中旬のことでした。以前の夫婦ゲンカで、離婚という話が出ていたので、離婚届はすでに記入と捺印が終わっていました。それを最終的には、彼が市役所に持っていったんです」

――そのとき、養育費や親権、面会といった話はしましたか?

「親権は私。養育費は『経済力がないので払いません』と彼は言っていた。『私が受け取るんじゃなくて、子どもに受け取る権利があるんだ』とは何度も言ったんですけどね。すると、彼は私に『子どもに一生会わせたくないって言うんなら、一生会わなくてもいい』とまで言いました。振り返ると、そんな言葉が出てくるぐらいにお互い仲が悪かったんだなって思います」

――その後は、お子さんと2人で暮らしたんですか?

「そうです。実家のそばのアパートに、息子と2人で引っ越してきました。まだ1歳半頃でした。私は働きたいんですが、息子は怒ったり泣いたりが、すごく激しいんです。

 ほどなく父が交通事故で寝たきりになり、母親を頼ることもできなくなってしまいました。かといって保育園は激戦区なので、なかなか入れない。そんなわけで、多動気味の息子の面倒を一日中ずっと見てるだけの毎日です。

 一方、彼は、仕事でペアを組む15歳くらい年上の女性と付き合うようになったそうです。収入も安定し始めたんだとか」

――離婚後の面会は、どうしていますか?

「会わせたほうがいいのかなという気持ちと、私ばっかり大変な思いをしているんだから会わせたくないという気持ちとの間を揺れ動いていました。でも、やっぱり子どもにとっては実の父親なので、たまには会わせたほうがいいかなって思ったんです。

 昨年10月の誕生日には、彼から『息子に会いたい』と連絡があったので、会わせました。別れて以来、養育費を一銭も払ってないのに、虫がよすぎますけどね。

3人で食事に行って、その費用は全部払ってくれました。今年の5月ぐらいに、一度子どもを預かってもらったことがあるんですが、そのときはおもちゃを買ってくれて、お金も少しもらいました。そのぐらいです。金額は3万円でした」

――今後は、どのような形で会わせますか?

「今年も息子の誕生日が近づいてきているので、また連絡があるんじゃないですか? あと、面会ではないんですが、息子の世話で私がいっぱいいっぱいになるときがあるので、そんなときは『預かって』ほしいって、こちらから連絡します。実際には『(預かる代わりに)今後はお金で』と言われて、一度断られましたけどね。ひどいでしょ。

 その後、私から彼に連絡をしたんです。するとまた子どものおもちゃを持って数日後に来てくれて、ちょっと話をしたり、数時間うちにいましたね。やっぱり子どもが覚えてるので、実の父親が一番です。とはいっても、彼とやり直そうっていう気持ちはまったくないです。彼に新たな相手がいるということもありますから、私が望んでも無理なんですけどね」

――父親のことを、これからどうやって子どもに伝えようと考えていますか?

「彼が帰った後、息子に『お父さんは?』って聞かれたんです。『お父さんはいつもいないよ。ときどき会うだけでしょ』って答えました。息子はふーん、という感じで、それ以上特に何もなかった。今後も、そのときと同じように答えるつもりです」

――これから子育てのプランはあったりしますか?

「養育費は、可能なら欲しいです。彼も仕事がノッてきたそうで、払える状態みたいですからね。息子が大きくなってきて、手がかからなくなったから、そろそろ働き始めないと、とも思ってます。

 息子を成長させるには、やはり男性との関わりがあったほうがいいでしょう。だから、息子と遊んでくれる男の人がいてくれたらなって思います。それは新しいパートナーでもいいし、恋愛抜きの関係で、子どもと一緒に遊んでくれるだけの人でもいい。今、私に交際している相手はいないですけどね」

 別れのショックから立ち直りつつある松田さんは、問題点を冷静に見つめつつ、将来のことを前向きに語った。彼女に良い未来が切り開けることを、筆者は心から願っている。
https://goo.gl/YbHkL7

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